私たちの研究チームでは、意思決定や短期記憶などの認知機能のメカニズムをネットワークレベルで明らかにすることを目標としております。

 

覚醒下行動中の動物(ラット、マウス)の大脳新皮質、大脳基底核および海馬などから、シリコンプローブ等を用いた大規模細胞外記録を行うことにより数十~百個程度のニューロンの活動を同時に観測し、それらのニューロンがセルアセンブリーとしてどのように認知機能と関わるのかを解析していきます。また、光遺伝学(Optogenetics)的手法も同時に組み合わせて、たとえばある特定のニューロン(ドーパミンニューロンなど)にオプシンを発現させることにより、細胞外記録しているニューロン種の特定や、あるいはそのニューロンのマニピュレーションなどを行い、そのニューロンが認知行動中の局所回路演算においてどのような役割を担っているのかを明らかにしていきます。

 

 

具体的には、以下のようなプロジェクトを遂行しています。

(1)行動中の動物で、大脳皮質局所ネットワークでのニューロンの精細な相互作用を定量する

動物が行動しているとき、局所回路でのニューロンどうしのシナプスを通じた情報のやりとりというのは観察できるでしょうか?また、このようなシナプスを介した情報のやりとりは、行動や学習中にフレキシブルに変化していくものなのでしょうか?

私たちは、シリコンプローブを用いた大規模細胞外記録の手法を使って、この問題に取り組んでいます。この手法を用いると、行動中の動物の大脳皮質や海馬の局所ネットワークから、数十~百個程度のニューロンの発火活動を同時に記録することができます。これらの観測されたニューロンの発火パターンを、Cross-Correlation という手法をもちいて精細に解析していきますと、単シナプスの時間スケール(約2ミリ秒)でのニューロン同士の相互作用を定量することができます。さらにより詳細に解析すると、このニューロン同士の相互作用の、行動中でのダイナミックな変化をも観察することができます。 このような技法をもちいて、ネットワークにおける特定のニューロン間のシナプスを通じた相互作用が、どのような行動のどのようなフェイズにおいて重要なのか、またそれが学習によってどのように変化していくのか、ということを明らかにしていきます。
シリコンプローブを用いた大規模記録。前頭前野皮質から64チャンネル、海馬から32チャンネルを同時記録。


 

(2)前頭前野皮質と中脳辺縁系ドパミンシステムを同期させるオシレーション

前頭前野皮質(Prefrontal Cortex; PFC)は、中脳腹側被蓋野(VTA)から強いドーパミン入力を受けることが知られています。このドーパミン入力は、PFCの回路機能に重要な役割を果たしていると考えられていますが、しかし行動中の比較的早い時間スケールでPFCとVTAがいかに同期して活動しているのかというのはまだあまり知られていません。

私たちは最近、PFCとVTAで同期している「4-Hz波」という局所電位のオシレーションを発見しました。この4-Hz波は、行動依存的に発生し、とくに動物が短期記憶課題を行っているときにつよく観測されます。PFCやVTAのニューロンの発火パターンは、この4-Hz波につよく影響されています。興味深いことに、この4-Hz波は、海馬で観測されるシータ波(Theta wave; 8Hz)のオシレーションとも位相の同期があります。

このような特性から、私たちは、シータ波が海馬およびその周辺部位を含むの「空間・エピソード記憶系」を同期させる役割を持っているのに対し、4Hz波はPFCや大脳基底核を含む「ドパミン報酬系」を同期させる役割をもつのではないか、また4Hz波とシータ波はお互いに位相の同期を通じて、この記憶系と報酬系を早い時間スケールでリンクさせる役割を持っているのではないか、という仮説を考えています。

 


(3)光遺伝学と大規模細胞外電気生理記録の融合

近年、チャネルロドプシンなどを用いた光遺伝学的手法の発展により、実験神経科学は新たな展開をみせております。特に、遺伝学的にマーカーされたある特定のニューロン群の行動やネットワーク内などでの役割を、光刺激・光抑制などのマニピュレーションをおこなうことにより、因果的に実験で調べれるようになったことが大きいところです。

私たちは、この光遺伝学手法は、大規模細胞外記録を組み合わせることによりさらに強力な技法となると考えております。

たとえば、最近開発された、ダイオード光源搭載型シリコンプローブは、シリコンプローブのそれぞれの電極軸にダイオード光源に接続された光ファイバーが設置されており、記録電極と同じ位置に局所光刺激を与えることが可能となりました。

この新型プローブを用いて、私たちはいま、クローズドループ・システムを構築しております。このシステムでは、細胞外記録により多数のニューロンを観測し、同時に動物の行動をオンラインでモニターします。そして、ある特定のニューロンの発火活動や、ある特定の行動をトリガーとして、リアルタイムで精密な時間スケールでのフィードバック局所光刺激を行うシステムです。

このシステムを用いることにより、あるニューロンの局所ネットワークにおける回路演算での役割や、行動に特定のフェイズにおける役割などを、システマティックに解析していきます。

レーザーダイオード光源搭載型シリコンプローブ。シリコンプローブのそれぞれの電極軸にダイオード光源に接続された光ファイバーが設置されており、それぞれ独立して光刺激を制御することができため、記録電極と同じ位置に局所光刺激を精密な時間スケールで与えることが可能。(参考) Stark et al., J Neurophys (2012).